俺は食べられないなら、作ってやる!
点滴を1500mlにしてもまだ階段の昇り降りは辛く、散歩は諦めていました。その代わり家で料理をしていました。
自分が食べられないから、皆んなに美味しい物を食べさせてやると、入院中に言っていろんな本を買って勉強していた夫は、ノートにいろいろ作り方を写していました。
そして孫達の好きそうな物から作り始めていました。
本当は買い物もしたかったのでしょうが、自転車に乗るとフラフラで危なく、乗ることが出来なくなりました。
ひとつずつ出来ないことが増えて行き、確実に弱っていく夫を見るのは辛く、陰で時々涙を拭いていました。
でもまだこの時は家の中では歩く事が出来、一階のお風呂へも階段の昇り降りをして入っていました。
食べ物は、プリンやゼリー、チーズ、アイスなどは食べていましたし、野菜ジュースやスープも飲んでいました。
痛みもまだまだ少なく、夫の苦しむ姿を見ることはありませんでした。